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【第1回】「人的資本開示」

雑誌「人事マネジメント」連載>経営人事に活かす「人的資本開示」の方法論~投資家目線の開示要求を経営人事戦略へ展開するために~


【第1回】「人的資本開示」が日本企業に与えるインパクト ~ HR部門からの視点ではなく、投資家、経営の観点からの解題

株式会社ターンアラウンド研究所 共同代表、主席研究員

小寺昇二






1.「人的資本」がクローズアップされている背景の確認


 経済紙・誌などで最近俄かに採り上げられているテーマに「人的資本」があります。

 これはSDGs、ESG、ISO30414といった世界的な潮流であるだけではなく、特に日本の国や企業において強力に推進する必然性があるテーマであることをまず確認しておく必要があります。


 「失われた30年」に先進国で一人「給与が上がっていない国である」日本、そしてその当事者である日本企業を覆う閉塞感がその背景にあるわけですが、同時に、昭和の「日本型経営」からの変革という本来必要な課題に対して、様々な弥縫策で、その場対応をしてきた上での混迷に終止符を打ち、真にグローバルに通用するHR体制へ舵を切る大きなチャンスであると捉えるべきものではないかと筆者は考えています。


 成果主義、非正規労働の拡大と縮小、専門職制度、高齢者の雇用延長、ジョブ型雇用・・・企業のHR部門の方々については、解雇規制が鉄板のように聳えるこの国において、本当にご努力されてきたのだと思いますが、今、新たな「HR3.0」ともいうべき時代に入っていくのでしょう。


2.今回「黒船」は株式市場=投資家からのプレッシャー


 これまでのHRに関する社内制度の変更が、今回の「人的資本」という新たなHRの捉え方は大きな変革を促すものになる可能性が高いように思います。

それは、Human Resource について、Human Capital と言い換えるのみならず、「開示」という新たな制度的な強制力を伴うものだからです。


筆者は、元々金融業界出身で、証券アナリスト資格を保有しているので、「投資家目線=株式市場」という観点で、人的資本の開示が企業のHR体制に与える影響の大きさについて説明したいと思います。


下記の表は、日経ESGに掲載された「人的資本、開示指針が明らかに~男女間賃金格差、女性管理職比率など開示を義務化」(2022.07.18)という記事内容に付加する形で掲載されたものです。

 

この記事に沿って物事が進むとすれば、「人的資本に関する開示」については、上記の表のような内容になるのでしょう。ただ、それぞれの項目について、数字を使うなどの具体的な記述がどれほど求められるのかが重要でしょう。

今のところ(この文章を執筆している7月末では)具体的な内容は不明ですが、これまでの有価証券報告書への新たな記載項目の導入と同じように、「多くの上場企業が実行可能なような、定性記述が認められるような、ある程度緩い」義務からスタートすることになるのではないかと想像されます。



3.開示義務に対してどう対応するのか?


 さて、問題は各上場企業が、決定されるであろう開示義務に対してどう対応するのか?ということです。


 大まかに言って、


① 誠実に開示をするが、あくまでも「開示」なのであって、この開示義務化に対する実態的なHRの体制については最低限の変更に留める

② これを契機に、HRに関する抜本的な見直しを行う


の2つの基本姿勢があるように思います。


筆者自身、日本企業や日本社会の「変革」を希求する会社の共同代表であるだけに、当然②をお薦めすることになります。

 なぜならば、これまで屋上屋を架すような変革を行ってきて各所に矛盾や綻びが露見しつつあるHR制度について、今回の開示義務化を行っていけば、この矛盾や綻びはさらに昂進することにならないからです。


 さらに、もう一つ、政府の方針に従って、人的資本への投資、従業員の能力向上・エンゲイジメント増加を目指すべき理由があるのです。


4.本当に抜本的な見直しの必要はあるのか?


 今回の人的資本に関する有価証券報告書での開示義務から発する企業のHR体制への変革要求とも取れる政府の方針については、会社法や金商法といった法的バックグランドに基づいたものではありますが、「コーポレートガバナンス」に関する政府からのプレッシャーの一環と言うことが出来るでしょう。

まずは「コーポレートガバナンス」についての最も直接的で、根幹の項目として、「経営陣に関する開示」が、現在に至るまでどのように進んできたかを見ながら説明したいと思います。


 90年代以降欧米で盛んになった「コーポレートガバナンス」に関して、日本で最初に具体的に「義務化」されたのは、2003年の内閣府令改正により、有価証券届出書・有価証券報告書の「企業情報:提出会社の状況」の中に「コーポレートガバナンスの状況」という項目が設けられてからでした。その後、様々な制度の変更、強化を経てきて現在に至っているわけです。


 その構造は、最新の「コーポレートがバンス・コード」にあるように、「・・・べきである」と原則が設けられ、各企業がその原則に沿って開示していくものです。


 ここで留意すべきことは、

 ・「原則」であってこれを守れなくても、法令上などの直接的なペナルティはない

 ・2003年の内閣府令改正以降既に20年弱が経っているのに、例えば、社外取締役の独立性判断基準及び資質についての開示が不十分で、その独立性に疑義が見られる会社が散見されるなど、「原則」に述べられている事項がまだまだ日本の企業社会に根付いていない

 

 と言った点でしょう。


 こうした状況を、人的資本の開示について当てはめると、HR制度の変更に及ぶような実質的で抜本的な対応については、様子見で良いような気もします。


5.投資家からのプレッシャー


 上記、20年の期間の変化は直線的なものではなく、上に凸、即ち最初の頃こそ緩慢であったものが近年急速に変化しているのです。象徴的なニュースでは、東芝において、物言う株主が議決権を盾にとって会社の経営方針を左右しているようなことも起こっています。10年前には、これほど露骨に会社を動かすようなことはありませんでした。


 株主の日本企業に対する姿勢が近年非常に厳しくなっているのです。

 それは、グローバルに見て、経営改革が遅れている日本企業への外人投資家の苛立ちと言っても良いでしょうし、議決権を行使して、ぬるま湯に慣れ切った日本のサラリーマン社長のケツを叩いて、あるいは交代させて収益性をアップさせることが出来るとポテンシャルに注目しているという言い方が出来るかもしれません。


 さらに最近では、生保や信託銀行と言った日本の機関投資家が、外国の議決権行使会社の指針などを参考にして独自の基準に基づいて取締役の選任に関する議決権行使を積極的に行うようなことが増えています。


 コーポレートガバナンスについては、急速に「原則」ではなく、抜本的な対応が必要になってきているのです。


 コーポレートガバナンスの延長線上にある人的資本の対応に対して、欧米的な厳しい議決権行使を行わないこと自体が投資家の義務を果たしていないと批判を受ける時代が直ぐに到来し、開示の開始が抜本的な人的資本対応に繋がる可能性が高いのです。


であれば、先手を打って、対応した方が良いのではないでしょうか?


具体的な対応策などについては今後の連載で触れていきます。

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